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2006年08月29日 (火) | 編集 |
コンスタンティノープルの陥落
コンスタンティノープルの陥落


395年、ローマ帝国が東西に分裂した東側をビザンツ帝国という。
その首都が、かつてビザンティオンという名のコンスタンティノープルに置かれたことに由来する。

西側はゲルマン民族の大移動により滅亡したが、ビザンツ帝国は1453年5月29日まで約千年に亘り存続した。
この間、コンスタンティノープルは、第4回十字軍にだまされたときを除き落とされたことはなかった。

この千年帝国の都を落としたのは、オスマントルコの若きスルタン、21歳のメフメト2世。
三方を海に囲まれ、残る陸地には三重の城壁を築く難攻不落の都市であったが、メフメト2世は、船を陸から輸送し金角湾への侵入に成功する。
士気の落ちたコンスタンティノープルに総攻撃を仕掛け、ついに陥落させる(以後、トルコ語のイスタンブルと称される)。

ロマンだ。



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