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日本一のダンディズム
“年末の挨拶”というのは苦手だし、そんなの書いたら“年始の挨拶”も書かなきゃいけないじゃないか。
今日“年末の挨拶”を書いて、明日“年始の挨拶”を書くのか?
一日しか違わないのに?
ということで、“年末の挨拶”に代え、今年出会った人物の一人を紹介することにする。
白洲次郎 占領を背負った男
白洲次郎。
この名を知っている人がどれだけいるだろう。
おれは知らなかった。
本屋で平積みにされているのを見つけ、何じゃこりゃと思い、ぺらぺらめくる。
戦中・戦後の人物らしいと分かる。
まだまだ戦中を語るのは色々と偏見がありそうな感じで非常に気を遣うが、これほど爽快な人物はいないと思うので紹介したい。
略歴。
明治35年(1902年)兵庫に生まれる。
神戸一中卒業後、英ケンブリッジ大学に留学。
留学中にイギリス仕込みのダンディズムを身につけ、プリンシプル(principle)を尊ぶようになる。
帰国後民間で働くが、この時期に近衛文麿・吉田茂の知遇を得る。
終戦後、外相・吉田の要請により終戦連絡中央事務局の参与に就任、GHQ/SCAPとの交渉の前面に立つ。
これ以降、サンフランシスコ講和会議に顧問として随行するなど、吉田が退陣するまで懐刀として活躍する。
吉田退陣後は実業界に戻り、東北電力会長に就任するなどの働きをする。
昭和60年(1985年)11月28日、83歳で永眠。
GHQ/SCAPとの交渉中、GHQ/SCAPのホイットニーが次郎の英語のうまさに感心して褒めたところ、「あなたも練習すれば上手くなる」と切り返すなどの逸話は秀逸。
占領されても卑屈にならない次郎の発言に気分がすかっとする。
次郎の考えの一つに、ノブレス・オブリッジ(noblesse oblige)というのがある。
高位にある者は相応の義務を負う、という考え方である。
役得だ何だといって私利私欲を貪るような輩とはわけが違う。
トヨタの豊田章一郎と岡田稔弘に、「かけがえのない(No Substitute)車を目指せ」と語ったというのも有名らしい。
良いね、“No Substitute”
旧白州邸は訪問できるようなので、そのうち行ってみようと思う。
http://www.buaiso.com/index.html