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2005年11月19日 (土) | 編集 |
三十三間堂

正式には「蓮華王院」といい、1164年後白河上皇・院政庁「法住寺殿」の一画に平清盛が造進した。
正面の柱間が33あることから「三十三間堂」と通称される。
堂内には1001体の観音像がまつられている。



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中央の巨像(中尊)を中心に左右に各500体の観音像は壮観。
正しくは「十一面千手千眼観世音」というらしい。
千個の眼はどこについているのか知らなかったが、掌にあるとのこと・・・そうだったのか。
柵があって当然近づいては見れないのだが・・・若い坊さん(?)が若いお姉ちゃんのグループをぎりぎり入れるところまで入れてあげて、熱心に解説していた。

・・・まだまだ修行が足らないんじゃないのか?


千手観音像の他に、雷神・風神と、二十八部衆の像がある。

千手観音像の穏やかな表情に比べ、雷神・風神の方は今にも取って喰われそうだ(そういう神様ではないが)。
それくらい迫力がある。
飛んできそうなそのポージングもまた凄い。
よくこんなものが造れるものだと感心した。

二十八部衆は、色々な神様で、インド起源のものが多い。
梵天はブラフマーであったり、阿修羅は梵語(サンスクリット語)「asura」であったり、というのが分かりやすい例か。
この二十八部衆、千手観音の眷属らしい。
驚いた。
みんな一族郎党なのか。

ちなみに阿修羅王か孔雀王が、どう見ても林家こん平に見えた。
どうしよう、阿修羅王・孔雀王が「ちゃ~ら~ん!」って言ったら(←絶対、言わない)。

も一つちなみに、こん平さんの「こん」は平仮名だったか片仮名だったかと調べていたら、彼が言う「チャーザー村」の正式名称を見つけた。
「千谷沢村(ちやざわむら)」というのだそうだ。
我が「月のブログ」は、三十三間堂からチャーザー村まで。
ゆりかごから墓場まで。
・・・特に意味はなし。

最後の話は別として、こんなの小中学生に分かるわけもないよな、と。
逆に、分かりすぎてて語る子供がいたらいやだな。
もちっとこう、歴史とか宗教とかをかじってから見た方が、得るものは多そうな気もするが。
でもまぁ早いうちにこういうものを見せておいて、今回のワタシみたいに年月を経てから自分の意志で見に来る、というのもそれはそれで良いのかもしれない。
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2005年11月19日 (土) | 編集 |
清水寺

778年、延鎮(当時は賢心という名)開創。
780年、坂上田村麻呂が延鎮に出会い、仏殿を寄進。
音羽の滝は我が国十大名水の筆頭にあげられるが、ここから「清水寺」の名がおこった。

言うまでもないことだが、本堂・奥の院から眺める景色はとても良い。
ものの本では、春の桜、秋の紅葉と取り上げられている。
今回は後者だったので、次は春の桜を狙って行きたい。
また、春・秋には夜の特別拝観というのもあるようなので、こちらも見てみたい。

仁王門


三重塔
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本堂手前から
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奥の院から
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清水寺の地主神社は、えんむすびの神がまつってあった。
行ってみると、修学旅行らしき女子中高生がわんさか。
楽しい年頃なのだろうと思った自分に、少し複雑な気持ちに。

地主神社
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最後に、御詠歌を。
「松風や音羽の滝の清水を むすぶ心は涼しかるらん」